こんにちはこんばんは
ほとけです。
MGA MAGICAL 10 YEARS ANNIVERSARY LIVE〜FJORD〜
先日開催されたフィヨルドについて、一次感情に近い感覚で書いていく。
|セトリ
コロンブス
ビターバカンス
フロリジナル
ANTENNA
クスシキ
アンゼンパイ
WaLL FloWeR
道徳と皿
Magic
feeling
variety(未発表曲)
No.7
青と夏
どこかで日は昇る
Loneliness
breakfast
天国
ニュー・マイ・ノーマル
ダンスホール
ケセラセラ
ライラック
-アンコール-
我逢人
StaRt
|感想
総じて素直に、そして純度はどこまでも高く『この10年追いかけてきてよかったな』
と。
この気持ちに嘘や偽りなんてなく、本当に心の底から10周年をお祝いさせていただいたと同時に10年でこの規模を体験させてくれたMrs.GREEN APPLEに感謝。
そしてこれらを一緒に現地で体験してくれた昔から一緒に追いかけてきた人、仲良くしてくれる人、慕ってくれる人、全方面に感謝を伝えたいと思います。
ありがとうございます。
書きたいことがたくさんあるので早速書いていきたいと思う。
まずはアンゼンパイの入りの一音が鳴った瞬間、時間は遡り、
2019年12月7日エデンの園初日
スクリーンに真っ白な背景で演奏されてかなり解釈一致だ!と感じたあの日。
そして2020年2月16日エデンの園ファイナル、フェーズ1の終了。
2025年7月26日
およそ5年半ぶりに、3人で、フェーズ2初となるアンゼンパイ。
エデンの園と同じ入りのメロディー。
どこか悲しさや寂しさがあって。
けど、そんなことどうでもいいくらい嬉しかった。
私はこの曲の中でずっとフェーズ1の頃の記憶が走馬灯のように走り出した。
※メインスクリーンはエデンの園と同じ演出だったと聞いています。
(泣きすぎて見てなかった)
初めてライブに行った2016年のTWELVEツアー、そこからずっとみんなに手を引っ張られて、ここまで連れてきてもらった感覚が綺麗な感情として流れながら、曲は終わり、
一番後ろのステージに立ったフロントマン
「懐かしい曲やります!」
これもエデンの園と同じ。エデンの園では愛情と矛先が演奏されたが、
フィヨルドでは耳を疑うような音が鳴ったと同時にやはりエデンの園で抱いた感情が自分の中で大きな塊となって吐き出されて涙が止まらなかった。
これだけ大きくなったバンドで、一番後ろのステージで演奏されたのは
『WaLL FloWeR』だった。
アンゼンパイ同様、エデンの園以降演奏されていないかつ、この楽曲が持つエネルギーはかなり大きいものである。
このバンドは愛について謳っていて、フィヨルドでもフロリジナル、ANTENNAを演奏し、他人から愛されたいと願っているのにこの曲は
”愛しても無駄なのに愛してる私がいる”
自分を愛したいけど、愛しても無駄だと思うことをずっと繰り返している葛藤を謳っていて、他人軸ではなく、自分での閉ループ的な話で少し他の楽曲とベクトルが違う。
ずっと涙が止まらない。
これだけ大きくなった今、ようやく壁の花は見つけられて咲いているのに、
それでも彼自身は何かまだ愛されていないと思っていて、それは良くも悪くも
僕が好きになったMrs.GREEN APPLEそのものだった。
僕が彼らに出会ってから10年経って、バンドは規模も変わりゆき、日本を代表するアーティストになっているにも関わらず、僕が2025年にみたバンドは、出会った2015年から何一つ変わらないバンドだった。
その事実を覚知したとき、嬉しくてたまらなかった。
嬉しい。とにかく嬉しかった。
配信があるから世間的にもっと知られている曲をやろう、とかではなく
等身大でそのまま自分達を表現してくれたことにここからのリスペクトを。
『道徳と皿』
Wall FloWeRで色々な気持ちを巡らせて涙が止まらなかったのに、
一音目を耳にした瞬間に
”あぁ、もうだめだ。”
と直感的に思いました。
まずは僕がこの曲にずっと救われ続けてきたこともあり、思い入れが一番深い曲でもあります。
そして、僕が追っかけてきてからはENSEMBLE幕張、Utopiaの2回しか演奏されず、どちらもバンドが大事な局面で演奏されているこの曲を10周年の今、ここで。
どんな理由があろうとその他の曲よりも何かここで鳴らさないといけない。と。
そう思ってくれたことが本当に嬉しかった。
Utopiaから3年、僕自身も周りの環境が変わり、当時とはまた違う形で昇華されていく感覚を電流が走るように体験しながら、これまたこれまでのことが走馬灯のように走り始めたのを覚えている。
私が表現できる最大限の感謝を。
そしてこの日のために書き下ろしてきたという「Variety」を演奏してくれた。
変わりゆく時代の中で変わらないことを歌っている。
そういうニュアンスに感じたこと、そしてこれまでの彼らの歴史を感じるような言葉の数々。
10年経った今、編成も変わって、規模も考えられないくらい大きくなり、
どれだけ大衆化されてもこのバンドの掲げる大義名分は何一つ変わっていないこと。
それが確認できただけで本当によかった。
それをこの忙しい中でこの日のためだけに。
(今後のリリース予定もないという)
これがMrs.GREEN APPLEだと。
名刺を投げてくれたこと。
僕が好きになったMrs.GREEN APPLEがそこに間違いなく存在したこと。
ずっと残像を追いかけている気がして、実像は重ならなくて、苦しくて、けどどうしても諦めきれなくて。ただ彼らの船は大きくなるばかりで。
苦しかった。ずっとフェーズ2から苦しかった。
5人から3人になって、好きなMrs.GREEN APPLEがないような気がして。
5人の活動期間<3人の活動期間になる時がいずれくると思うとそれまた苦しくて。
だけど、脱退のお知らせを読んだときに、抜けた2人が続けて欲しいと言ったこのバンドをずっと応援し続けると決めたあの覚悟が根底にあって。
もちろん今も間違いなく好きだけど、ずっと苦しかった。
単に”苦しい”という感情ではなく複雑な感情だがそれが全て綺麗に
『Variety』で昇華された気がする。
10周年のために書き下ろした曲が、スーパーハッピークレイジーソングではなくて心の底から良かった。
嬉しかったな。というわけではないが、自身に芽生えていた苦しい気持ちがうまく行き先を見つけた。
ここ最近ライブで未発表曲が演奏されることはなかったが、このタイミングで温めていたかのように、演奏してくれたことに感謝。
本当に大事にしたい曲だし、この先も瞬間的に感じた感情はどこまでも大事にしたいと思う。
『我逢人』
映像が流れた瞬間から我逢人であることに気付いたが、Utopiaを超えてエデンの園の映像に移った瞬間に崩れてしまった。
ダメだよなぁ、あの映像。
そして僕の頭の中に鮮明に映るエデンの園の我逢人。
どこかのブログでも触れた気がするのだが、後付けでエデンの園の我逢人はすごく綺麗なもので、儚くて、もう届かないものになっている。
だからこそ、だからこそすごく大切にしたいのだ。
そして遡って自分が参戦したライブでのシーンが映し出されて、ついには初期の映像まで出てきた。
Utopiaのドキュメンタリーでこの曲を歌うことに躊躇したというシーンが収められている。
だが、この曲はそういう曲だよねということでずっと歌われている。
この10周年、10年間、自分の中で色々なことに恵まれて流れ着いた今ここ。
全ての方面に感謝を。
自分ひとりだとここまで来れていなかったなと回想していた。
『StaRt』
この曲で泣いた記憶が1度だけある。
Utopiaでただいまー!とフロントマンが叫んだとき、戻ってきてくれて良かった!という気持ちで泣いた記憶がある。
逆説的にむしろ泣ける曲ではないのも事実で、メジャーデビュー曲だから歌い続けるという感覚がこれまでずっとあった。
ドローンがロゴを形成したときに、目から涙が止まらなかった。
なんという言葉で形容したらいいのかわからないが本当に心の底から
「これまで追ってこれて良かった!」
という純粋な気持ちで、今ここに入れることが嬉しくて、とんでもない多幸感に包まれて涙が本当に止まらなかった。
”「忘れたくないなぁ」を如何に増やせるかだ!微々たるものでも愛に気づけぬならスタートに戻ろう”
ここの歌詞ってこれまで深く読み解いたことはなかったが、
2人がやめたいと話したときに、それであれば解散しよう!と大森元貴が言った話を思い出す。
そしてそれでも続けてほしいと言ってくれた2人の気持ち。
僕はずっと5人のMrs.GREEN APPLEが大好きで。
今は3人だけど、2人が続けてほしいと言ってくれたこの気持ちは大袈裟かもしれないが、僕は大事にしている。
3人を見ているようで、2人のこの想いが乗ったMrs.GREEN APPLEをずっと追いかけている。
絶対に忘れてはいけない感情。
これらの気持ちが、StaRtで爆発してしまった。
Varietyの部分で書いた苦しかった思いが全て涙に変わって綺麗に昇華されていく感覚。
これまで追いかけてきたライブの中で一番多幸感に包まれていた。
そして自分が好きなMrs.GREEN APPLEがそこにあること。
確かめることができてすごく嬉しかった。
ここ最近ずっと自分が好きなMrs.GREEN APPLEを追うことは自分がキツくなるのではないかと思っている節があって、ファンとして前線を退けてゆっくり遠くから俯瞰して見るのがいいのではないかと思っていたが、必ずこれからも前線で彼らを応援し続けたいと強く心に誓った日。
忘れたくないなぁ。と思える瞬間が増えた日。
僕個人としてはUtopiaで感じたずっと苦しかった気持ちがありえないほどに美しく昇華された日。
Utopiaの系譜とはなんだったのか、言語化はできないけど、確信的にUtopiaの系譜だったと感じている。むしろそれ以外ない。
そしてこの10年を一緒に追いかけてきた強めのヲタクたちに特大の感謝を。
本当にありがとう。
2025年8月2日
ほとけ